登らずしてグレード更新…/『新版 関東周辺の岩場』

登らずしてグレード更新してしまった

ろくに登っていない今日この頃なのに、外岩リードクライミングの最高グレードをあっさり更新してしまった。さすが俺すげー…。

というのは、先日発売されたトポ『新版 関東周辺の岩場』(菊池敏之、白山書房)において、北川の岩場の「秋葉大権現」が、12bから12cへとグレード改訂されていたのだ。自分が過去に登った最高は12bだったが、自動的にグレード更新……。

その一方で同岩場の「北落師門」は、12aから11dにグレードダウン。同ルートが登った唯一の12aだったクライマーは、12クライマーから、11クライマーに逆戻りで悲しみの涙を流しているかも……。グレード改訂というのは、なかなか悲喜こもごもである。

グレードは困難さを表すもの

もちろん、クライミングにおけるグレードは体感をベースにしているものであり、陸上競技の記録のように客観的な基準ではない。まず、クライマーの体格や、得意なムーブなどによって変わる。気象状況によっても変わるし、また、自然の岩場の場合、岩が欠けたりしてルートが変化することも珍しくない。もともと、ある程度の幅をもったものである。

それでも、登れたグレードが上がれば嬉しい。

グレードとは、ルートの困難さを表すものであり、その困難を克服したクライマーの力を示すものである。より「困難」を目指すことがクライミングの本質であるなら、そして、そのために自分の実力が上がったことを示すのがグレードの更新だとするなら、それが嬉しいのは当然のことであろう。グレードを上げていくことを目指すのは、まったく悪いことじゃない。

だが、それはあくまで「困難」を目指し克服したこと、それだけの実力が自分についたことの結果として後からついてくるものであり、数字が先行するわけではない。

そう考えると、「楽してグレードを上げたい」というのは、「楽して困難を求めたい」ということであり、そもそも矛盾しているというか、本末転倒である。冗談では、登らないでグレードアップしたなどと言ってるが、自分の実力が1ミリたりとも上がったわけではないのは、よくわかっている。

お買い得ルートは、グレーディング間違いと言うべき

さらに言えば、よく聞く「お買い得ルート」といった言い方も、おかしいということがわかる。困難は、お買い得ではないから困難なのだ。「お買い得ルート」は、そんな言い方をせずに、はっきり「グレーディング間違い」と言うべきであるし、そういったルートのグレーディングは、改訂されるべきであろう。

以前からたびたび書いているが、私は「お買い得」と呼ばれるようなルートが好きではない。それは、ルートの内容のせいではなくて、「お買い得」と呼ばれるようなグレーディングのせいなのだけど、上記のような「より困難を求める」というクライミングの本質から外れる感じが、どうしてもしてしまうからだ。

もっとも、先に述べたように、クライミングのグレーディングには、ある程度の幅というかあいまいさが本質的に避けられない。だからある程度幅を持たせて、「甘い、辛い」ということがあるのは仕方ない。甘い12a、辛い12aなど。陸上競技においては0.1秒の違いは、厳密かつ客観的な違いだが、クライミングで1グレードの違いは、もっと曖昧で主観的な部分が大きい。

ただ、1グレード以上も違うと思われるグレーディングは、やっぱり改訂しなければならないだろう。

先の例で言えば、「北落師門」は、多くの人が11c~11dくらいだと言っているので、今回のトポで11dにされたのは妥当だと思う。そしてそのことで「お買い得」ではなくなって、このルートのためにはよかったと思う。

そして、こういう可能性がある以上、グレードにこだわる人ほど、グレード更新の際に登るルートとしては、辛め(グレードダウンされる可能性が少ない)のルートを選んだ方がいいと思う。なお、言うまでもないことだが、グレードはルートの一部に過ぎない。グレードの甘め、辛めと、ルートのよしあしとは関係ない。

コミュニケーションのたたき台としてのグレードとトポ

いずれにしてもグレーディングは、客観的に示せるものではないからこそ、クライミングコミュニティのコミュニケーション(議論)の中で定位されていくのが、健全な姿であろう。

そして、コミュニケーションの「たたき台」として、ある程度オフィシャルな提案がされなければならない。それは長らく『日本100岩場』(というか、その元ネタになっている『岩と雪』)が唯一のものであったのだけど、元ネタの『岩と雪』が作られた時代からするとずいぶん時間が経っているし、あれが唯一のオフィシャルな情報というのは、問題があった。
その意味で、今回の『新版 関東周辺の岩場』が発刊されたことは意義が大きいと思う。

なお、この本はルートや岩場の解説が、『日本100岩場』よりは、ずっと充実している。ただし、図は小さくて、やや見づらい。このあたりは、物理的な制約がある紙の本の限界であろう。定価がもう少し上がってもいいから、図を大きく、見やすくしてほしかった。(ちなみに、これからは、スマホはじめ電子媒体の特性を活かした専用のトポが出てくるだろう。それらは紙のトポより使いやすくなるはず。現在は端境期かもしれない)

日本におけるクライミングトポのメルクマールとなった『瑞牆クライミングガイド』には及ばないものの、トポとしては、『日本100岩場』よりは良い出来だと思う。タイトルの通り、関東周辺のクライマーなら、これから買うなら『日本100岩場』よりは、こちらを優先して買った方がいい。もちろんすでに『日本100岩場』を持っている人でも、併せて持つ価値は高い。

追記:この記事を書いたあとにじっくりと読んでみたところ、本書は図がけっこうわかりにくく、また断りなしにルートを間引いているところがあるため、初めて行く岩場に持っていくと、混乱を引き起こす恐れがある。トポとして、図が不正確というのは、かなりの減点ポイントだ。そのため、1冊目に買うには『日本100岩場』の方が適切だと思い直した。『日本100岩場』に追加して、2冊目に買うべき本であろう。訂正、補足しておく。
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