悲しい出来事だけが増えていく

1年半ぶりに書く。もう見に来ている人もいないだろう。

クライミングから離れてだいぶたつので、クライミングにかんして嬉しいことはなにもない。ただ、悲しいニュースは自然に耳目に入ってくる。悲しいニュースに触れたときだけ、クライミングのことを思い出すというのもどうかと思うのだが。

少し前の、杉野さんの事故の件も、とても悲しい出来事だった。前からこのブログを読んでいただいている人ならご存じだと思うが、わたしは『ROCK & SNOW』誌の中でも、杉野さんの連載記事はピカイチだと、高く評価していた。もちろん、そのクライミングに向き合う姿勢も。

城ヶ崎などの岩場でたまにお会いしたときには、とても気さくに話してくれる方だった。杉野さんが事故で亡くなったことはとても悲しかったし、第一報で誤報に近い報じられかたをしていたこともなんとも切なかった。

とはいえ、私が一方的に尊敬していただけで、別に親しい間柄だったわけではない。ここになにも書かなかったのは、いまはクライミングから離れている自分が、そういう関係の人をブログの「ネタ」にするのは、ちょっといやらしいと思ったからだ(ツイッターでは、少しつぶやいていた)。

じゃあ、なんで今書いているのかというと、さらに悲しいニュース、ロックランズの閉店の報に触れたためだ。これは、かつての自分自身にとても深く関わるニュースだ。書かずにはいられない。

コロナ禍でクライミング界は大変だろうと思っていた。ジムだって、外だって密になる。ボルダリングではガンバコールもスポットもある。リードクライミングでは、ロープは嫌応なしにビレイヤーとの共有になるし、たぐってくわえるときもある。マスクをしたままじゃ登ることはできない。

それでも、大阪のパンプが閉店したと聞いたときには、自分は行ったことがないジムなので、いわば他人事として「大変だなあ」と思ったくらいだ。しかし、ロックランズの閉店は、自分ごととして大変なショックである。少なくとも、1年半も放置していたブログ記事を書こうと思うくらいのショックだった。

クライマー時代の私のホームジムはT-WALLの江戸川橋だが、ロックランズにも江戸川橋と同じくらい、多くの思い出がある。

リードクライミングエリアが中心だったためなのかもしれないが、T店長はじめスタッフさんもお客さんも、とてもフレンドリーで、ほんとうに居心地が良くて、登るのが楽しくなる、アットホームなジムだった。居心地の良さという点では、自分が通ったすべてのジムの中でナンバーワンだったと思う。亡くなったKスケさんの追悼イベントに、ジムを貸してくれたことも決して忘れられない。そんなことをやってくれるジムはなかなかないだろう。(T-WALLでは想像できない)。だから、実際に通った回数を別とすれば、「心のホームジム」だったともいえる。

そのロックランズが閉店すると知り、言い様のない寂しさを覚える。いつでも帰れると思っていた故郷の実家が、突然なくなってしまった、そんな感じだろうか。歳をとるというのは、よく知っている人やよく知っている場所がどんどんなくなっていくことである。悲しいことだけが増えていく、それは仕方ないことだ。

それでも、このコロナ禍がなかったらとか、政府がもっとまともな事業者救済策を講じていればとか思うと、とても悔しい。

ともあれ、ロックランズのスタッフのみなさん、お疲れ様でした。そして、長い間楽しい場所を与えてくれて、ありがとうございました! 当時の常連客のみなさんには、どこかのジムや岩場でお会いできることがあれば(その前に自分の体重を10kg落とさなければならないが)、声をかけてください。

そしてクライミング、とりわけリードクラミングという素晴らしい文化が、コロナ禍に負けず、今後も末永く発展することを、すこし離れた所からですが切に願っています。

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