“白髪鬼”H先生に遭遇した話と、プリクリ棒のこと

“白髪鬼”といえば、H先生

先日、城ケ崎・シーサイドに向かう途中、伊豆高原駅を通りすぎようとしていたところ、前から2人のクライマーらしき人が近づいてきた。
Oトモさんは知り合いらしく、あちらにお辞儀をしている。

その方は、こちらに近づいてくると、おはようとかなんとか挨拶したあと、いきなり「『エアダンス』をやるの?」と聞いてきた。

Oトモさんはまさに「エアダンス」が狙いだったので、どうしてわかったのだろう、超能力か?と不思議に思い、「どうしてわかったんですか?」とたずねたところ、そのクライマーは、Oトモさんのリュックに括り付けられていたチョンボ棒(プリクリ棒)を鋭い眼で指して、「それがあるから」と。

そして彼は、さらに眼光を鋭く光らせて、「『エアダンス』以外で使っちゃだめだぞ」と言い残し、去っていった。

横で見ていた私は、「ああ、そういうことか」と合点がいった。以前読んだ杉野保さんの記事に「城ケ崎のシーサイドでプリクリが許されるのは、エアダンスくらいのもの」という内容の記述があったのを、思い出したからだ。

最近気に入らないこと
1996年春の[Free Fun]より

件のクライマーの背中を見送ったあと、Oトモさんに「あの人だれ?」とたずねると、まさに上の記事にも登場する“白髪鬼”Hシナ先生であった。Oトモさんは錦糸町T-WALLなどで、何度か先生の講習を受けたことがあり、顔見知りだそう。

いやあ、レジェンドクライマーは流石なものだと、まったく感心した。

感心したのは、言ってる内容が正しいということだけではない。クライミングガイドという「サービス業」であるのに、「安全第一で、危ないと思ったらプリクリしましょう」みたいな、客受けしそうな甘いことを言わない姿勢も、高潔である。

ちなみに、その日にOトモさんがエアダンスをトライするつもりだったのは、単なる偶然だった。

プリクリしなくても済むようになってから登ればいい

以下の話はすべて、初登時にプリクリが想定されていないルートの話です。岩場によっては、もともとプリクリで登ることが前提になっている場合もあり、その場合はもちろん話が別です。

私自身は、必ずしもプリクリ全般を否定しない。

たとえば、城山・ワイルドボアの「カルカッタ」(10c)のように、このグレードでこの危険な1ピン目はないでしょう、というルートではプリクリもありかと思う。

でも、上記の記事にあるように、フリークライミングにおいて初登のスタイルを最大限に尊重するというのは、とても重要なことだと感じているし、「安全のためという大義名分のもと、安直に」プリクリをすることは、絶対避けるべきだとも思っている。

プリクリしなければムーブが確実にできないとか、怖いとかで登れないルートがあるなら、まだそのルートに触ることが時期尚早なのではないか。プリクリしなくても登れるようになるまで鍛えて、実力を上げてからトライすればいいだけのことだろう。

そういう真っ当な努力を回避して、安直にグレードアップを(あるいは安全を)求めようとするから「チョンボ」と呼ばれるのであろう。

(なお、ハングドッグしてのムーブ練習は、1ピン目のプリクリとは意味が違うと思っている)

チョンボ棒を持つのは、やっぱりかっこ悪い

さらに、道具を使わずに自分の身体だけでありのままの岩を登ることがフリークライミングの定義だとすれば、わざわざそのような「チョンボをするための道具」を持ち歩くことは、やはり非常に違和感があるというか、端的に「かっこ悪いな」と思う。

スタイルは人それぞれなので、人が使うのを「やめろ」とは言わない。しかし、自分では特別な理由がない限り、持つつもりはない。

どうしてもプリクリする必要があれば、そのあたりに落ちている木の枝にバタフライノットか、テーピングで細工してかければいい。せっかくフリークライミングという「道具に頼らないことが美徳」の遊びをしているのだから。

怖さもクライミングのうち

たまに、「まず落ちることはないけど、怖いから念のためプリクリ」という人がいるが、「怖さ」=精神的要素も当然そのルートの一部であり、グレードに含まれているはずだ。

それは、ボルダリングで考えればよくわかる。

ボルダリングの課題ではマントルは最上部で行われるから、そこが怖い課題もけっこう多い。私は外のボルダリングはあまりしたことないが、乏しい経験の中でも、たとえば3級くらいの中級課題(小川山のコンケーブとか、ダイレクトフィンとか)だって、もちろんマットは使っていても、かなり怖かった(登れてませんw)。

もし仮に、こういった課題で岩の後ろからロープを回して、トップロープ状態を作って登ったら、どうなるだろうか? 怖さはまったくなくなるだろう。

そうしてトップロープ状態で登った時と、ボルダリングで登った時とで、もしムーブが同じだったとしても「同じ課題を登った」と言えるだろうか?

私は言えないと思う。怖さを感じながら登るところも、課題の一部だからだから。

これは、リードクライミングでも同じだ。1ピン目を真っ当に自分で掛けるのと、チョンボ棒でプリクリしてトップロープ状態で登るのとでは、少なくともその区間に関しては、まったく別のルートになっていると言ってよい。

だから、初登時にプリクリされていないルートをプリクリして登った場合、しないで登った場合に比べて、多かれ少なかれ「質」が異なる課題を登ったことになるし、グレードもその分だけ下がるのは、当然だろう。

そういうことを考えるにつけ、ルートを楽しむという点からも、やっぱりプリクリは極力しない方がよいと思うのだ。最低限のラインとして、(いわゆる「練習」のときは別としても)せめてRPトライのときにはチョンボ棒を使うのは、やめた方がいいんじゃないですかね。それくらいの矜持があった方が、クライマーとしてかっこいいと思います。

Tさんの思い出

私がクライミングを始めたころに、たまたま知り合ってしばらく一緒に登りながらクライミングを教えてくれたTさんは、古くからのフリークライマーということもあり、そういうところに割と厳格だった。

私が登りながら「こええ~」などと泣き言を言うと、「怖いのは当たり前です。怖さの中で動くのがクライミングです」と、たしなめられたものだ。そのうち、(冗談半分だが)「登りながら『怖い』と言うこと自体が禁止」とされ、「しびれる~」などと言い換えるのが流行った。

もちろん、Tさんが自分で登るときにチョンボ棒を使っているのは見たことがない。

5.13をバリバリ登る強いクライマーだったから、というのはあるかもしれないが、逆に言えばそういう正しい姿勢だったからそこまで強くなったのではないだろうか。

当時はそういうのが当たり前だと思っていたが、今考えてみると、クライミングを始めた初期に良い先生に教われて幸運だったと、感謝している。

クライミングの実力の方は、今でもまったくTさんに追いつかないが。。。